想定外の…2.14vv
         〜789女子高生シリーズ

 


      


都心の平野部にまで降り積もった思わぬ雪へは、
車の追突事故も多発し、路上で転倒する人も多く出て。
こんな日には予定だって狂いまくろうから、
わざわざ大事を引き起こす者は少なかろうと。
自然発生するそっちの対処への、
応援に回った課員も多々あった捜査課だったが。
さすがに“対人暴行犯罪”を扱う捜査一課だけは、
そういった方面へ割り振れるだけの、頭数の余裕はなかったようで。

 【 渋谷方面、国道○○線××、交差点付近で強盗発生。】

コンビニか郵便局か、はたまた街のノンバンクか。
頭の中の地図上へ、ざっとした風景を引っ張り出しつつ、
実は覆面パトだった乗用車のルーフへ、赤色回転灯をどんと置く。
街中を流していたのは、この二人には珍しいことで、
それもそのはず、手をつけている中途の強奪事件への、
いわゆる“現場百廻”に出向く途中だったまでのこと。

 「勘兵衛様、整備不良なバイクの音が。」
 「ああ。」

それも、道路を逆行して来るという判りやすさで、
あたふたと逃走中のミニバイク。
フルフェイスのヘルメットというのが大仰な上、
ジャンパーからズボンから、
出来得る限りを黒づくめで揃えているのも、
この際は不自然としか言いようがなく。

 「極めつけは、
  バイクの後輪についてる蛍光色のペイントですね。」

追跡用のカラーボールを投げつけた職員がいたらしく、
レモンイエローの車体への蛍光ピンクは、
それが故意なら、なかなかにポップな趣味だろう。

 「……該当車に間違いありません。」

警察無線を訊いての、
確認を取った佐伯刑事の言葉も待たずという呼吸にて、
早々とハンドルを切っていた島田警部補。
しかもしかも、速度は落とさずのハンドル回しだけにてという、
ジャックナイフ・ターンを決めた、やや強引な方向転換が、

 “ここいらは車が少なくてよかったこと。”

これも雪の影響か、日頃ならもうちょっと込み合っていた幹線道路が、
結構余裕の車間距離だったがために出来たこととも言えて。
軽でもないセダン車両があっと言う間に反転し、
ぐあんと牙剥き追って来たのは相手へも伝わったか、
うあと肩越しにこちらを見やったそのまま、
加速したミニバイクが舗道へと乗り上げる。
どれほどの強行で、どれほど金をせしめた奴輩だろか、
なりふり構わぬにも程がある逃走であり。
このまま強引に追っても、
周囲に危険が拡大するだけかもと、
懸念仕掛かった佐伯刑事の傍らから、

 「……シチっ!」

  はい?

このお声がそうと呼ぶのを聞くのは、
間に結構な年数が挟まりこそしたものの、
やはりしっくりくるなぁと。
その刷り込まれようが半端じゃないことを、
しみじみと実感し…ている場合じゃあない。
こちらまでもが舗道へ突っ込む訳にも行かなくて、
追跡中の車窓から見やったそちらでは。
もはや暴走しているミニバイクの突進に、
大慌てで左右へ飛びのく歩行者の皆様が見えて。
舞い落ちる雪が解けずにそのまま積もるほど、
途轍もない寒さが戻って来たことから。
ダウンジャケットやらツィードのコートやらをまとい、
襟元へもマフラーをぐるぐる巻きにしてという、
結構な重装備の人ばかりが見受けられ。
そんな中へと突っ込むなんて、
そうそう思うように動けないお人が居合わせたらどうしよう。
転んだその上を轢くなんて運びにつながったら、
大怪我は免れられないぞと、
状況の不味さを一瞬にして把握出来たは、さすが警察官…だったが、

 「……哈っ!」

そんな佐伯刑事の視野の一角に、ひらんと何かが軽やかに舞った。
何だ何だと見直せば、
バレンタインデーというフレーズが、
ポップな字体で染め抜かれた、大きめのノボリだ。
上縁が直角になった支柱の骨組みが縁取るそれを、
フラッグ・チアリーディングよろしく、
ばっさと風を切って、鮮やかに振るった誰かがいて。

 「うわっ、ひゃあぁあっ!」

まずは視野を塞がれて、
うわあっと反射的にブレーキを掴んだらしきミニバイク。
そんなくらいじゃあすぐには停まらぬ、
むしろ判断力が掻き混ぜられているのだろ、
ただならぬ恐慌ぶりでいるところ。
前輪を とんっと横から突かれたそのまんま、
ハンドル取られて、脇へと失速。
サツキの茂みに突っ込みの、
街路樹のイチョウへどんとぶつかった頃にはもう、
さして速度も出てはなかったようだから。
車体がもんどり打っての車道に飛び出すとか、
乗ってた男が遠くまで吹き飛ばされたりはしなかったものの。
イチョウとガードレールとの隙間に深々と挟まったまま、
二進も三進も行かなくなっていて。

 「……、、ちっくしょーっ!」

とうとうバイクは見切ったか、
茂みをわしわし踏みしだき、
まだまだ逃げんとしていた彼のその前へ、
敢然と立ちはだかったのが、
アイドルのお顔をプリントされたバレンタインデーののぼり。
それを実際に手にしているのがまた、
そのアイドルと大差の無さそうな年頃の、細っそりとした少女が一人。

 「どけっ!」

特に武器もないままの身ではあれ、
それでも相手がコート姿の少女一人だと見て取ると、
微妙に勢いづいてのこと、
威嚇半分の雄叫び上げて、真っ直ぐ突進して来たところへ、

 「呀っ!」

腰の据えようも大した落ち着きようにて。
怪我を負わせる危険を避けてか、
故意に横棒が張っている側を相手へ向ける余裕もて、
ノボリの棹を、槍のようにえいやと突き出したお嬢さん。
手元の握りもしっかとしたもの、
腰の入った良い突きで、どんと胸元押された賊は、
一瞬たたらを踏みかけたものの、

 「ちっ!」

周囲の四方八方から、
遅まきながらパトカーのサイレンが集まりつつある。
至近を見回せば、
遠巻きながら野次馬もざわざわと集まって来ており、
携帯をかざして写真を撮るクチもいるだろう。
メットで顔を隠しているくせに、
それでも焦りを煽られたのか、
間近になってたノボリの棹を、逆にぐいと引っ張った男であり、

 「…、きゃっ!」

それだけだったなら負けはすまいが、間が悪かったのは足元の雪。
シャーベット状に解けかけていたところで足を取られてしまったようで。
踏ん張ったつもりが ずるりと靴底すべらせて、
バランスを崩し、倒れかかった少女だったが、

 「悪あがきは もう辞めよ。」

良い響きの声がして、
少女はその背中を、頼もしい胸元へと掻い込まれている。
そんな彼女を懐ろへ受け止めがてら、
棹に大きな手を掛けて、
素早くもぐるりと大きくひねっておいでの壮年殿。
思わぬ動きを見せたその上、
随分な負荷が襲ったのには逆らえず、
横に張ってた接合部分の棹が回って来ての、
ばしりっと思い切りお顔をぶった格好になったところで、

 「ぎゃあっ!」

想いの外、痛かったらしき一撃に遇い、
舗道の上へと引っ繰り返ったところで、さしもの賊の悪運も尽きた。
遅ればせながら追いついた、佐伯刑事が手錠を掛けて、
後は他のパトカーがどかどかと駆けつけ、人を遠ざける中、

 「ほい、ごめんごめん。」

わざとに大雑把なあしらいようにて棹を離させ、
硬直し始めていた金髪の少女をコートの中へとくるみ込むと、
そのまま…半ば抱え上げつつという緊急避難。
自分たちが乗って来ていた車へと戻った勘兵衛であり。

 「シチ。」
 「……………あ、はいっ。」

またぞろ危険な大殺陣をやらかしてくれた、麗しの乙女。
危ないから避けよと、
文言続けなかったずぼらな自分も悪いと、重々判っているけれど。
それより何より、
間近になってた勘兵衛のお顔にはっとした白百合さんが、
青い瞳が何度も何度も瞬いてから、
抱き寄せられているも同然という態勢を察知したらしく、
見る見るとお顔を真っ赤に染めてしまったからには、

  ああこれは、
  落ち着かせてからでないと何も聞こえないかもなと

口許をうにむにとたわめさせ、
落ち着きなくのあちこち見回し。
そのくせ、こちらの腕をきゅうと掴んだままな手の、
歯痒いほどに か弱い握力はどうだろか。
そういえば、この少女からのメールが来てたっけ。
この通りは警視庁と勘兵衛の住まいの中間地点。
もしかして、この身が空くまで此処で待ってるつもりだったのか。
制服姿ではないようだから、一旦は帰宅した身であるのだろうが、
こんな寒空にも待とうと思うとは、
一途にも程というものがあろうにと……。

 “叱ったり詰ったりする資格が、儂には無いか。”

そうまで慕われていることへの自覚こそ必要なのではと、
征樹や平八、久蔵あたりから、
詰問半分、詰め寄られるのがオチだろて。

  「………。」

カシミアのコートの下、
少女らしい嫋やかな柔らかな身を、
小さく震わせている可憐な存在へ、


 「………すまぬな。」
 「??? 勘兵衛様?」


人目もあるが、それでもと。
周囲にパトカーがどんどんと停まってゆくのを見回して、
皆して…逮捕した賊の身柄確保と、
周囲の野次馬整理にかかったのを見て取ると。

  あっと言う間の素早さで

乱れた髪を直してやるよに、
大きな手が触れた…その陰にてのこと。
そおと額へ触れたのが、想いの外 柔らかな感触のする唇で。

 「……事情聴取に来てもらうが よいな?」
 「あ、っははい。///////」

あれあれ? 勘兵衛様は囁いただけだったのかしら?
雪が舞うほどの寒さから切り離されての、
耳や頬や指先などなどが、急激に暖まり始めてもいて。
そうだそうだった、
何とか間に合ったセーターをお渡ししなくちゃいけないんだったと。
抱えたままでいた包みをそろりと撫でつつ、
あれほどの捕り物でさえ、一生一度の大冒険ではない辺り。
今年も先が思いやられる、元 古女房で、今 白百合様。
どちら様も まあまあ穏やかなバレンタインデーをお過ごしでしょうに、
この顛末のご報告、どんなお顔でお友達に語る、七郎次お嬢様であることか。
いっそ覆い隠してしまいましょうか?と、
しんしんと再び大きめの片が降り出した雪の中。
動き出したセダンの車窓に覗いた白いお顔が、
何を言われたか軽やかな微笑に弾けた、
厳寒再来の如月半ば、とある昼下がりのことでした。




   〜Fine〜  11.02.15.


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  *おっさまの声で“シチっ”と来たもんだから、
   ついつい“承知っ”とばかり、
   賊を畳んでしまった七郎次お嬢様だったらしいです。
   条件反射って恐ろしい。
(…おい)

  *三人三様のバレンタインデーを書いてみようと、
   プロットメモなしの行き当たりばったりで書き始めたら、
   こんなんになりました。
   ヘイさん、キュウちゃんは、
   まま有りかもねという穏便さで済んだのに。
   どうしてでしょうか、
   シチちゃんと勘兵衛様は、どんな呪いがかかっているものか、
   いきなり大暴れする副官篇になっちゃう辺り…。

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